伊勢湾台風
発生期間 1959年9月21日-9月27日
寿命 6日
最大風速 約85m/s
概要
1959年9月20日にエニウェトク島付近で1,008mb(当時の単位「ミリバール」。hPa に同じ)の弱い熱帯低気圧が発生し、発達しながら潮岬に達した。その時でもなお中心気圧920mb、最大風速60 m/s、暴風雨圏は東側400km、西側 300kmという、猛烈で超大型の台風であった。9月27日に北海道の東で温帯低気圧に変わり、東太平洋にまで達して10月2日に消滅した。
被害状況
死者 | 4,697名 |
行方不明者 | 401名 |
負傷者 | 38,921名 |
住宅全壊・・・36,135棟
半壊・・・113,052棟
流出家屋・・・4,704棟
床上浸水・・・157,878棟
床下浸水・・・205,753棟
船舶被害・・・13,759隻
・犠牲者を3,000人以上出した台風として、室戸台風、枕崎台風とあわせて昭和の三大台風に挙げられ、その中でも最悪の被害をもたらした。
・特に顕著であったのは高潮の被害であった。台風の勢力が衰えず、熊野灘から知多湾・三河湾・伊勢湾では台風が西側を北上して非常に強い南寄りの暴風が持続する状況となり、各地の気象官署で過去の記録を更新、最低気圧の記録も同様であった。この強い風による吹き寄せと低気圧による吸い上げの効果により高潮が起こり、満潮時を外れていたにもかかわらず名古屋港では海水位が平均海面上 3.89 m(うち気象潮は 3.45 m で、それまでの最高であった室戸台風の 3.1 m を上回った)、工事基準面からの高さは 5.31 m に及ぶ、観測史上最高水位を記録した。
・被災者数は全国で約153万人に及んだ。うち、三重県は約32万人、愛知県は約79万人と、県全人口の約2割が被災した。
・災害対策について定めた災害対策基本法は、この伊勢湾台風を教訓として成立したものである。
・岐阜県養老郡養老町では揖斐川の堤防が決壊し、ほとんど水につかった。
・行政による避難勧告も実施されなかった地域も珍しくなく、自分たちの近くに高台もなく海抜高度の低い危険地帯に住んでいることを知らないまま被災・死亡した住民も多かった。
外部リンク
- 日本で起きた災害
- BCP(事業継続計画)